福井の南西部・名田庄(なたしょう)。
峠を越えれば京都・美山だし、
若狭湾を臨む小浜市内からだと車で約20分。
日本の原風景を感じさせるのどかな地に
一軒の日本料理店が、新星のごとく現れた。
「日本料理 崇」2023/6/6open
店主・田中俊祐さんは、京の名料亭「菊乃井 本店」で10年経験を積んだ。
30歳という節目に「店を出すなら地元で」という長年の夢を
名田庄・三重地区で実現。
店はもともと、曾祖母の故・すうさんが住んでいた築100年以上の家屋。
「崇」という店名には、周りの人から慕われたすうさんのように
愛される店にしたい、との思いから。
大改装を終えた、日本家屋のデザインは「杉原デザイン事務所」杉原明さん、
施工は岡本建築 岡本実さんによるもの。
おくどさんと炭床を配した厨房や、網代天井、
その空間美はもちろん、蔵と里山を臨む借景にいたるまで
とにかく目に映り込むもの全てが、壮観。
数寄屋建築の伝統を重んじながら、すうさんへの敬意を随所に感じさせるのです。
昼のおまかせコース16,500円をいただくことに。
酒を一口いただいてから、先付へ。
あいにく運転(涙)の身につき、ノンアルコール
小浜の葡萄をもちいた葡萄水。心が洗われるような清らかさ。
■先付
小浜港揚がりのセコガニ。冷たいそれ、ではなく
炊いた里芋と、ほぐし身、内子や外子を添え
カニの殻からとっただしのあんをトロリ。
動かしたら身が崩れてしまった!くらい繊細。
ハフハフと頬張れば、ぬくい身は濃密な旨みを漂わせ
ホコホコとした里芋の素朴な味わいと見事に調和。
生姜の温もりが、海と里山の恵みを心地よく繋いでいた。
続く「八寸」にもこの土地の“らしさ”が随所に。
飴色の器には、柿に見立てた卵黄味噌漬け、枯葉に見立てた昆布。
さらには、ぐじの寿司、銀杏素揚げ、銀杏の葉を模ったさつま芋チップス。
酢漬け大根で巻いたセコガニにも唸った…!
この日、登場したセコガニは、田中さん曰く
「高校時代のラグビー部の先輩の実家が漁師一家」ということで
小浜港長光丸のタグ付き。
先付の、里芋とのセコガニの組み合わせ然り、
セコガニの、この地ならではの食べさせ方に、唸ったし
料亭出身らしい仕事が随所光る八寸でした。
「椀物」は、小浜港揚がりのイトヨリを椀種に
炭火で炙った原木椎茸、
裏の畑で栽培する蕪とその葉、
吸い地には、一番出汁に椎茸を炊いた出汁を合わせている。
「叔父が栽培しました」という原木椎茸は香りも旨みも深く
柚子の芳しさと共に、冬の香りを運んできた。
■向付、一 キハタ
こちらも若狭湾で獲れたもの。
キハタ(地元小浜ではナメラと呼ぶ)の熟成違いを2種。
2日熟成ものは、じわっと軽やかな旨み。対して
5日熟成は、ねっとり深い味わいが印象的。
いずれもハタ特有の甘みを感じ、
アラ煮凝りと共にいただくと、味わいに膨らみが生まれた。
小浜揚がりの戻り鰹は、目の前で藁焼きに。
■向付、二 カツオ
藁焼きの芳しさに続き、すっきりとした旨みが広がる。
柚子皮味噌による、意外性と味の調和も素晴らしい。
ちなみに、割山椒を模した器は、
田中さんの後輩が地元・名田庄でつくったもの。
二人して、あぁでもないこうでもないと知恵を出し合い生まれた作品。
「太刀魚テリーヌ」は卵のプチプチ感心地よく、
太刀魚の骨などからひいただしの旨みが広がる。
温度が低いから、じわっと溶けるように澄んだ味が広がった。
次の焼物は、名田庄の渓流に生息するヤマメ。
店先の池で泳がしていたものを
炭焼き場にのっけて1時間近く経とうとしていた。
■焼物 ヤマメ
頭からガブリッと頬張れば、クリスピーで香ばしく、
身はホロリと繊細、わたの苦甘い感じも堪らん!
添えているのは柚子の炊いたん。田舎の冬の香りがするね。
さらに「近所の農家さんが作る白菜をペーストにして、
だしと酢と醤油を合わせました」という漬けダレが秀逸。
鮎の蓼酢とはまた表情が違う、柔らかな酸味と旨みが良かった。
「イタドリの油炒め」は、塩漬け・塩抜きというプロセスを経て
刻んで炒めたという。カリカリとした歯応えがいいね。
小浜揚がりの越前ガニ!
ちなみに、越前ガニは、福井の嶺北・越前漁港を筆頭に、
三国港・敦賀港・小浜港などが水揚げ港となっている。
田中さんは、目の前で活ガニを捌くところから。
■カニしゃぶ
だしに潜らせ味わえば、ほわっほわの身は香り高く甘く。
しかも野菜が名脇役!
裏の畑で採れたチンゲン菜、おじさんが作る原木ナメコ、
近所の農家さんの白菜など、作り手の顔が見える季節野菜たち。
そのエピソードも楽しかった。
黄身醤油とともに味わえば、カニの身はグッと深みのある味に。
その後、だしを用いた「カニ出汁にゅうめん」が登場。
幸せのため息の連続だった。
■焼きガニ
身はぷっくり、中は艶っぽいテクスチャー。火入れ絶妙。
■鯖のなれずし 山内かぶらの壺漬け
なんと、鯖のなれずしは田中さん手製。
これね、うちのオカンも作るけれど、めちゃ手間も時間もかかる。
記憶を辿るとまず自家製の鯖へしこを作り、さらに塩抜きして皮を剥ぎ
腹部に米と糀を詰め、さらに数週間、樽に漬け込み発酵させるのだから。
糀の風味がとても良くて
この独特の甘みと旨みは、懐かしくて泣きそうになる。
ちなみに、山内かぶらとは、福井・若狭町山内集落に
江戸時代から伝わる伝統野菜。田中さんは「山内かぶらちゃんの会」という
保存会のおばちゃんたちに作り方を教わったという。
シャキシャキ感が良く、
かぶらのほんのりとした辛み、素朴な旨みを感じた。
近所の農家さんのメロンをピュレにして炭酸水割りに。
清々しい甘みが、なれずしの深い甘みと共鳴。
■鹿
醤油漬けにした鹿を、炭火焼きに。
自家製の柚子胡椒がいいアクセント。
米は、名田庄で栽培するコシヒカリ・坂本米。
艶と香りがよく、旨みもしっかり。
胡瓜、大根、蕪間引き菜の浅漬け、ジャコと大根菜など自家製の香物、
さらには…カニ味噌と一緒に。
留椀は、カニの白味噌という、優しいエピローグ。
そして甘いひととき。
サツマイモのアイスは甘さ控えめだから、芋の風味がよくわかる。
炭火で炙った柿は、豆乳とクリームチーズのソースと共に。
抹茶で締め。
一緒に供される金平糖のちょっとした甘みも良かった。
厨房には立派な包丁、そして“万事天命”と書かれた鞘が置かれている。
田中さんによると、
「菊乃井を卒業するとき、大将(主人・村田吉弘さん)からいただいた包丁です。
鞘に 万事天命 と書いて下さいました」。
嬉しそうに話しながら、決意のようなものを感じた。
店主の田中俊祐さん。
集落の農家さんや、自家栽培の野菜、さらには漁師や猟師から陶芸家まで
地元の作り手とのつながりを大切にしながら
名田庄、そして若狭ならではの地の風景を、皿のなかに巧みに表現していた。
「若狭地域の方々に「懐石料理」を身近に感じて頂き、
県外からお越しいただく方には「御食国 若狭」の素晴らしさを
少しでも知って頂けたら」と田中さん。
今後の展開を、楽しみにしています。ありがとうございました。
「日本料理 崇」
福井県大飯郡おおい町名田庄三重18-51
0770-67-2493
open : 12:00~14:00、17:00~20:00
close: 月曜、不定休